馬耳塞から巴里への汽車中
 十年間、マダガスカルの守備隊に勤めて、久々で故郷の土を踏む兵卒。眼の窪んだ、唇の厚い兵卒。
 炎熱、労苦、倦怠、悪疫、脱営、監禁……それから、それから……。
 聴いてゐる筈の相手が、一人減り、二人減り、三人減り……。
 最後に、正面の男が、一人、不精無精聞いてゐる。新聞を拡げて、それに眼をおとしながら、時々、「へえ」「へえ」と気のない返事をしてゐる。
「これからが面白いんですよ」――兵卒は、その男の新聞を取り上げた。
「何するんだい」――その男「ふざけた真似をするない。黙つてゐれや、好い気になりやがつて。そんな話は珍しかねえやい。熱い処から来て、頭がどうかしてるんぢやねえか」
 兵卒は、黙つて唇を噛んだ。窓の外を見つめてゐるその眼から涙が落ちた。

 甲の男性と乙の女性の間に結ばれた純粋の友情とは、一体どんなものであらうか。私は寡聞にして未だその例を見ないが、それらの男女のうち、一方が、多少でも相手に対して、恋愛らしい感情を抱いてゐる場合、又は、相方とも、さういふ感情をもちながら、何等かの理由によつて、それを表白し合はない場合は、その二人の関係を、単に友情といふ言葉で片づけることは如何であらう。
 少くとも、現在では、友情以外なにものもないと断言し得る間柄でも、全く例外の場合を除いては、どちらかから、恋愛的感情をもちはじめる予想は十分につくのである。一方のさういふ感情は、自然、ある形を取つて相手の感情に呼びかける。それに応じるか応じないかは別問題である。純粋の友情は、その瞬間から複雑な心理的葛藤を伴ひ、そこから恋愛の歴史が始まるのである。

 秀才は秀才らしく、鈍根は鈍根らしく、己れの反省の正しく、美しくみえんことを、これ努める風情は、まことにいじらしいものであつた。――今日は代数の時間につい計算に気をとられて姿勢がわるくなつた。一軍の将たらんとするもの、この悪習を一日も早く脱せねばならぬ、という風なのはまだ罪のないところだが、――余は本日、日曜の外出先に於て旧友と会し、たまたま彼が軍人を誹謗する言辞を弄するを聴き、痛憤に堪えず、遂にその頭上に鉄拳を加えたり。想うに、男子侮辱に報ゆるに侮辱を以てするは理の当然なりと雖も、苟も陛下の股肱として、一朝有事の秋、云々という式に、その腕力沙汰の如きを一方で吹聴し、一方で申訳的に「反省」してみせるというやり方が、そう珍らしくはなかつた。